第六話 宝を求めて



「コーディのレベルも上がったし、そろそろ宝探しに出発しましょうか」
 マーがそう切り出したのは、アレフガルドにレベル上げに来て数週間後、毎回の宿に決めたマイラの村の宿屋で夕飯を食べ終わった時だった。
 コーディのことでマーが飛び出した一件が落着し、一同は多少ギクシャクしながらも順調に彼のレベル上げを進めていった。
 あの一件以来、マーのコーディへの接し方はあからさまに変化した。
 今までは彼にルーアを取られてしまうのではないかという不安から、余裕無く、苛立ちながら顔を見るたびに毒を吐いていたのだが、今となっては余裕の態度。どんなに彼がルーアにとって特別な存在になろうとも、自分の方がルーアにとってある意味特別な存在であり続けるということが分かれば、彼など敵でも何でもない。
 コーディもコーディで、彼女達のパーティに相応しい人物になろうと必死になってレベル上げに挑んだ。その中には多少は女の子に負けては男が廃るという、男の意地もあったのだろうが、その努力の甲斐もあり、いつの間にか彼の呼称も『あんた』から『コーディ』に格上げされている。
「そうだねー。コーディ君、頑張ったもんね。
 今のコーディ君のレベルなら、バラモスと戦ったときのパーティにいても足手まといにならないよ〜☆エライライ!」
「え……そうなのか?へへ」
 アサナにニコニコしながら良い子良い子と頭を撫でられながら、コーディは照れ笑いをする。こんな彼女の子供っぽい態度にももう慣れっこである。
 そんな二人に、ルーアが微笑みながら食後のお茶を渡した。
「あ、ありがとう。ルーアの淹れてくれるお茶、美味しいんだよなー」
「そうですか?ありがとうございます」
 何の下心もなしに賛辞を言う彼に、ルーアは素直に礼を述べる。その頬は薄っすらと赤い。
 自分はコーディに恋をしているのだとマーに指摘され、初めて気付いた彼女は彼への接し方に初めは戸惑ったものの、心の整理を付け、今は落ち着いて接している。
 高鳴る胸の鼓動も、つい彼を追ってしまう瞳も、彼に見つめられると赤くなってしまう頬も、自分が彼に恋をしているせいだと分かった今では、前のような不安はない。勇者として旅に出る前、近所の女友達に借りた恋愛小説に恋をするとそのような現象になると書いてあったのを読んだことがある。だから、自分がこうなるのはごく自然なことで、他の誰もが恋をしたらこういう現象が起こるとルーアは理解していた。
 告白----などという考えはルーアの中から除外されている。今の彼女はマーたちを好きな思いとコーディに対する恋心の区別があまりついていない状態だ。彼に対する自分の気持ちを冷静に分析してしまっているような状態では、艶めかしいことも起こる筈がない。
 今もルーアは自分の胸が喜びに躍るのは、『彼に褒められたから嬉しい』のではなく、ただ単に、恋をしたら褒められたら赤くなるとしか思っていないのだ。
 そんな彼女の様子を傍目から見ていて、マーもアサナも間怠っこくてしょうがない。そうじゃないでしょ!と色々口出ししたくなるのだが、ルーアの初めての恋を暖かく見守ろうと決めた矢先。二人は、むずむずしながら二人の様子を眺めているのだった。
「そんなにルーアを褒めたりして、あんたなんか下心でもあるんじゃないの?」
 じれったさに耐えかねて、マーがコーディにちくりと嫌味を言う。
「そ、そんなものある訳ないだろ!!何言ってんだよ!!」
 顔を赤くして両手をブンブン振りながらコーディは慌てて否定する。
 そんな彼に、
「あー、そーですかー……」
 マーは呆れた様子であさっての方向を向いてそう言った。
 この男もこの男で見え見えである。ルーアのことを好きなのが態度で丸分かりなのに、行動に移そうとしない。いや、行動に移されたりしたらそれはそれで困るのだが、やはり、ここは年上の男として、奥手のルーアをしっかりとリードしていって欲しいものである。
「もー、マーちゃんってば!コーディさんをいじめないの!
 お茶のお変わりいる?」
「ええ、ありがとう」
 傍から見るとノロケているとしか思えないのが、ますますじれったい。はー…と深々とため息を付くマーにアサナが苦笑いを送る。
「で、宝探しだっけ?どこから始める?」
「アリアハンとか主要国家では珍しい物の話は聞いたことないから、たぶん『とうぞくのはな』使って見つけて無いアイテムがあるって分かっても、せいぜい取り忘れの種か小さなメダルか何かでしょ?
 ここはやっぱり、情報が多く集まって、珍しい物の取引をしている場所が良いと思うの」
 言いながら、マーは地図上の街の一つを指差す。
「アッサラーム?」
「そ。あそこなら、色々な情報がきけるでしょ?未だに闇取引や禁制品の売買とかも盛んみたいだし」
 指先でトントンと地図上のアッサラームの街を叩きながら、マーが続ける。
「何度か行ってるけど、そんなに詳しく街の中を見て周った訳じゃないし……海賊のオルフェに紹介状でも書いてもらえば、色々と聞けると思うのよ」
「そうだね。じゃあ、アッサラームに行く前に海賊のアジトに寄って、オルフェに会ってから行こう。
 あれ?コーディ君、どうしたの?顔色が悪いよ?」
「あ?何でもない……」
「本当に大丈夫ですか?顔、真っ青ですよ……」
 ルーアが心配そうに彼の顔を覗き込む。
「大丈夫!何でも無いって!」
 無理に作り笑いを浮かべながら上げられた彼の顔は、確かに血の気が引き、青白い色をしていた。そんな彼を、ルーア、アサナだけでなく、マーまでも心配そうに見つめている。
「貧血じゃない?ちょっとアサナに診てもらいなさいよ」
「だーいじょうぶだって!
 そんなことより、お前らまた海賊だ何て、スゲーのと知り合いなんだな!」
「オルフェは海賊っていっても義賊なんだよー。女頭領でスゴイの!こう、鞭でピシーッ!って」
「……それは色んな意味でスゴイな……」
「でしょー?」
 言ってアサナとコーディは大きな声で笑い合った。マーもつられて小さく笑う。
 皆と笑い合っているコーディはすっかりいつもの彼なのだが、先ほど見せた青白い顔と、苦しそうな表情にルーアは胸に一抹の不安を覚えていた。
「ルーア、お茶のお変わりいいかな?」
 不意にコーディに声をかけられ、ルーアは慌てて笑顔を作る。
「はい!」
 胸に湧いた不安を打ち消すように、ルーアは飛び切り明るい声で返事をし、コーディのコップにお茶を注いだ。


 翌朝、旅の扉でアリアハン側に戻ったルーアたちは、久しぶりに呼び出した不死鳥ラーミアに乗って、サマンオサ南にある海賊の砦へと向かっていた。
「スゲー……本当に空飛んでるぜ……」
 ラーミアの背に腹ばいになりながら、コーディは恐る恐る下を除き見た。
 不死鳥の翼の上から見下ろした海はどこまでも青く、海上に三角波がキラキラと魚のうろこのように小さく光って見えるのみ。行き交う船もいない。
 巨大な不死鳥の姿を見た人々が、また世界に何か起こったのかと不安になるのを恐れ、ルーアたちは航路にされていない場所を選んで飛んでいる。時折、遠くに小さく船が見えたときは上昇し雲の中を飛び、極力人々の目に触れないようにしていた。
「あっちがサマンオサがある大陸か?」
「そうよ」
 両手でラーミアのフワフワな羽をしっかりと掴んだまま、顔だけを前方に向け、コーディがマーに訊ねる。
「海賊の砦は、サマンオサ大陸の南にあるんだよ〜。昼間の間は海に出ちゃうからだーれもいないけどね」
 アサナがジンジャークッキーを食べながら付け足す。こちらはコーディとは違い、至極寛いだ様子だ。手でどこか掴むどころか、座り方も無造作に足を投げ出している。ルーアとマーも各々リラックスした様子で座っていた。
「コーディさん、手を離しても大丈夫ですよ。ラーミアは絶対に私達を落としませんから」
 ルーアに言われ、コーディは恐る恐る手を離してみようとするが、一瞬パッと離してまた直ぐに今離した羽をしっかりと握ってしまう。
 そんな彼の様子を見て、少女達はクスクスと笑った。コーディは少し拗ね、顔をそっぽに向けて、
「だって、オレ、空飛ぶの初めてだし……こんな大きな鳥、見たこと無いし……」
 ブツブツとなにやら言い訳がましいことをつぶやいている。
 ルーアはしばらくコーディの背を見つめていたが、ふと視線をサマンオサ大陸に移した。緩やかな緑の稜線が見える。先ほどまでは見えなかった家々から昇る細い煙も見えるようになっていた。彼女はその煙を見て、愛しいものを見るように微笑んだ。
 以前この地を訪れたときは、殺伐としていてこんな穏やかな煙を見ることは無かった。以前この大陸から昇っていたのは、罪も無く裁かれた人々をおぞましい刑に処す、呪われた煙だった。それが今は、こんなにも穏やかで暖かみに溢れた光景に変わっている。
「ルーアちゃん、嬉しそうだね」
 微笑むルーアを見て、アサナも嬉しそうに笑う。
「うん。旅をして良かったなと思って」
「そうね。
 魔王がいなくなってそれなりに平和も戻ったし、幸せな人が多いでしょうね。
 でも、あの時代の影響が未だに残っていて、普通の生活に戻れない人も結構いるみたいよ。家も財産も失って、自暴自棄になってる人とか犯罪に走る人とか……国がそういう人への対策に力を入れているといっても、難民への援助も大変そうだから、まだまだこれからもう一頑張りよね」
「お前、シビアだなー……」
 真剣な目つきで語ったマーに、コーディがジト目でため息混じりにつぶやいた。
「現実を述べたまででしょ!」
「確かに現実はそうだろうけど、ルーアは…っと、お前達は良くやったよ。魔王も大魔王も倒したわけだし。全世界、異世界も含めて全ての人間がお前達に擦り付けたわけだろ?だから」
「擦り付けられたわけじゃないわ。自分達の意思で行ったのよ!」
「だーかーら、最後まで聞けって!
 お前達は十分に世界のために頑張ったんだ、だからこれから先の世界のことぐらい、残った人間に責任取らせたっていいだろってこと!何でもかんでも勇者に頼ってたら、それこそ勇者無しでは何もできない世界になっちまうだろ!?」
 コーディの気迫に、3人は驚いてコクコクと頷いた。いつもの様子とは違い、彼の言い方にちょっとした怒りが込められていたからだ。
 事実、コーディは世界に対して怒っていた。
 知り合う前、親しくなる前は自分も勇者達は特別な普通の人間とは違う特別な存在なんだと思い、そういう人物だからこそ魔王を倒せたのであって、そういう人物が魔王退治に出るのは当たり前だと思っていた。しかし、実際の彼女達は能力こそ天性の才能があったのかもしれないが、ごく普通の女の子達である。可愛いものが好きで甘いものが好きで、たわいないお喋りが好きで----こんな女の子に魔王討伐なんて重荷を背負わせてしまっていたのかと思うと、自分が恥かしくて仕方が無い。あたりまえだと思っていた自分の首を絞めてやりたい。
 それなのに、彼女達はまだ世界を平和にしようと人々のために動こうとする。もうこれ以上無いくらい十分にしてくれたのに……コーディはやり場の無い苛立ちを彼女達に八つ当たりめいた感じでぶつけてしまったのだ。
 三人の驚いた顔にコーディは罰の悪そうな顔をして、
「あー、えーと、ま、これからは自分のために生きて欲しいってことだよ。
 ほら、そう、うん、えーと……」
 言葉につまり、落ち着き無く両手で頬や頭を掻く。
「「「プッ」」」
 コーディの様子に、思わず3人は吹き出した。
「うぇ!?え?何?」
 動揺してきょろきょろと自分を見渡す彼に、ルーアが笑いを必死に堪えながら、
「コーディさん、両手離せるじゃないですか」
「うわっ!!」
 言われてコーディは慌ててラーミアの羽にしがみつく。そんな彼に、もうどうにも堪えきれなり、少女達は大声を上げて笑い出した。コーディもつられて大声で笑う。
 不死鳥の背は暖かな笑いで満ち溢れた。