「…ん…?」
 コーディは何かの物音を聞いたような気がして、目が覚めた。
 今は、深夜だろう。静かで、特に際立った音は何もしない。酔っ払いも、いいかげん眠りにつく頃だ。

   ちゃぷん……

 水音。誰かが、温泉に入っている----
 コーディは無意識に水音に注意を傾けていた。ほどなくして、ザバァというお湯からあがる音が聞こえ、辺りは再び静寂に包まれた。
 コーディは、何となく喉の渇きを覚え、居間に飲み物を取りに行く。ドアの前でしばらく開けることをためらったが、衣ずれの音もしないので、思い切ってドアを開けると、居間には、たった今、温泉からあがり着替えたかりのルーアがいた。
 肌は、ホカホカと暖かそうな湯気を上げ、頬も上気している。柔らかな瞳で、庭を眺める様子は、なんともいえず美しい。
 コーディはしばし、見とれた。盗賊になる以前、彼はよく金持ちの女を見ていたが、どんなに着飾ったり、見かけを美しくしようとも辿り着けない美しさを彼女に感じたのだ。
 心の美しさがにじみ出ている----純粋な美。
「コーディさん……?」
 少女の声で、彼は不意に現実へ引き戻された。
 彼女は不思議そうな顔で、部屋の入り口に突っ立ったままの彼を見ていた。
 コーディは照れくさそうに頭をかくと、ルーアの向かいの椅子に腰をかけた。
 二人はそのまま、黙って庭を見ていた。天気がよく、星が綺麗だ。何処か遠くで、虫の鳴いている声が聴こえる。あたりは、静寂に包まれていた。
「…コーディさん……昼間は…、ありがとうございました」
 と、静寂を破り、ルーアがおもむろに話し始める。
 彼女の頬は温泉で温まった以外の熱ではっきりと上気していた。
「いや、気にしなくていいよ。オレだって助けてもらったんだし」
 言って、コーディは何故かとても照れくさくなってしまい、ははっと誤魔化しに笑った。
「でも……私……とても、嬉しかったんです!」
 今までにない、強い声だった。コーディに話し掛ける時は、消え入るような、か細い声でしか話さなかったのに。
 彼女はまっすぐに彼を見つめていた。
 コーディも彼女の瞳をまっすぐに見つめ返した。感情の高ぶりのせいか、ルーアの瞳はうっすらと濡れている。色違いの瞳は、窓から薄く差し込む月明かりを映しキラキラと揺れ、光る宝石のようだ。滑らかな頬をますます紅潮させ、薄紅色の唇に微笑みを浮かべているその姿は、えもいわれぬ程、美しい。
 彼は無意識のうちそっと手を伸ばし、彼女のすべらかな頬に触れようとした。
 彼の指が彼女の頬に届くか届かないかの刹那、ルーアは不意につと視線をはずし、
「明日も早いです。ゆっくり休んでください」
 早口にそういうと、そのまま振り向きもせずに自分の部屋へと去ってしまった。
 一人居間にとり残されたコーディは、自分の手を不思議そうに見つめていた。
 自分は何をしようとしたのか?
 コーディはその時初めて、自分の胸が激しく動悸していることに気が付いた。
 頬が熱かった。あの美しい宝石のような色違いの両の瞳と、頬を上気させたルーアの顔を再び思い描くと、頬よりももっと心が熱くなった。
 頬に触れ、その後自分は何をするつもりだったのだろう……?
 コーディは立ち上がると、冷やしてある水を一気に飲み干した。そして、自分にあてがわれた部屋へと戻ると、夜の寒さに冷たくなったベッドへと入る。
 水もシーツの冷たさも、熱くなった彼の心を冷ますには何の役にも立たなかった。彼は無理矢理眠りにつこうとした。しかし、目をつぶれば、まぶたの裏に先ほどのルーアの姿が鮮やかに蘇る。
 昂ぶる胸を持て余しつつ、何度も寝返りを打つうちに、コーディは明け方ようやく眠りへと落ちたのだった--------



第三話  END