「……!」
 誰かが、俺を揺さぶっている。
「…コ…ディ…ん!!」
 やけに可愛い声だ。こんな声の知り合いいたっけ??俺の知ってる女といえば……
「コーディさん!!大丈夫ですか!?」
   ぱち
 一際大きく張り上げられた声に目を開けると、ルーアの泣きそうな顔が目の前にあった。
「あれ……?」
 そうか、もうあの街にいるんじゃなかった。俺はこの子と旅に出たんだっけ。ぼんやりとする頭から、過去の欠片を追い出しながら、コーディはじーっとルーアを見つめた。
 やっと目を覚ましたコーディにホッとしつつも、見つめられることが恥かしいのかいつものように俯いてしまう彼女を、『やっぱり、この子可愛いな』などと思っているうちに、彼の意識は次第にはっきりしてくる。意識がはっきりし、寝転がった姿勢のまま視線を左右に振ってみると、先程までいた洞窟とはうって変わった景色が飛び込んできた。
「あ?お、俺どうしたんだ!?ここはっ!!?」
 自分の身に起こったことが理解できず、思わず、がばっと体を起こし、ルーアの肩に手をかけてしまう。
 ルーアは突然のことに驚き目を丸くし、真っ赤になってコチコチに固まっている。
「あんたは、旅の扉を潜り抜ける衝撃で、気を失ったのよ。ここは、旅の扉を抜けた先。もう一つの世界よ」
 眉をひそめながら、ルーアの肩に置かれたコーディの手を払いのけ、マーが言う。
「あ…? も、もう一つの世界……?」
「ほら、混乱しちゃったじゃない。ダメだよマーちゃん、ちゃんと説明してあげないと〜」
「言っても、無駄じゃないの?」
「もー…とりあえず、ここを出て、ラダトームに行こうよ。落ち着いて話せた方が良いでしょ?」
「そうね。いつまでもこの場所にいるのは御免だわ」
「オッケー☆んじゃ、《リレミト》!」
 何がなんだかわからないうちに、コーディはまたしても別の場所に連れて行かれるのだった。

 お城へと向かう大通りを歩きながら、アサナはコーディにいろいろと説明していた。
 食堂に入って話そうというアサナの主張は『こんな話し他人に聞かれたらどうするの?』というマーの言葉に却下された。歩きながらなら、大声で話したり、後をつけられたりと余程のことがなければ会話を他人に意識されることはない。
「あのね。ここはねアレフガルドって言うの。で、この街はラダトームの城下町。この世界で一番栄えている所…かな?」
「この世界って、どの世界だよ!?」
 まったくもって、わけが分からないとコーディは髪をくしゃくしゃっとやりながら、叫んだ。
 彼の叫びに、道行く人が一向に注目する。
「大声出すなって言ったでしょ?」
 マーがギロリとコーディを睨む。アサナは周りの人に何でもないとヒラヒラ手を振って笑っている。マーとコーディの険悪な様子を見て、ただの痴話喧嘩とでも思ったのか、人々の興味はすぐに一向からそれた。完全に誰も意に介さなくなってから、アサナが改めて話し始める。
「あー、ゴメンゴメン。アサナの説明が悪かったよ。
 ここはね、アサナ達が今までいた世界とは、まったく違う異世界なの。
 違う神様が作った世界……分かる?精霊神ルビス様が御創りになった世界なの。大魔王はここからアサナ達の世界を……アリアハンがあるほうを攻撃していてね、それでアサナ達はルーアちゃんと一緒に----」
「勇者様!!!」
 アサナの言葉を遮って、門番が声をあげた。見渡すと、既に城の入り口へと差し掛かっていたのである。会話に集中するあまり、誰も気がつかなかったのだ。
 門番は、ルーアの元へ急ぎ走り寄ってくると、顔を赤らめ興奮した様子で、
「ああ!勇者様、お戻りになられたのですね!!
 国王陛下をはじめ城中、いや、国中の者が皆、お帰りをお待ちしていたのですよ!!お帰りなさいませ!!ううっ……」
 感極まって、泣き出してしまった。マーが、やれやれと肩をすくめ、門番を連れて、奥へと入っていく。
 アサナはルーアにラダトームはまずかったかな?と舌を出して笑っているし、ルーアもしょうがないよと苦笑している。コーディだけが、ポカンと口を開け、城へ入っていく門番とマーの後姿を見送っていた。
 ----勇者…様?
「コーディくん?どうしたのぉ?おーい??」
 アサナが、コチコチに固まったコーディの背中を揺さ振るが、彼は固まったまま動かない。
 しばらくたって、ようやく、ぎぎぎと顔を後ろに向け、
「勇者様…って、誰が?」
 と、険しい表情で言う。
「誰がって……ルーアちゃんに決まってるじゃない。も、もしかして、コーディくん、知らなかったの!?本当に!??」
 アサナの言葉も耳に入らず、コーディはルーアを見つめていた。
 この少女が、勇者----自分が憧れ、ずっと、会いたかった勇者。
   カクン…
 コーディは、急に全身の力が抜け、地面に膝をついてしまった。
「コーディさん……?」
 心配そうに、見つめるルーアをコーディは、以前とは違った視線で見つめていた。
 そうだ、初めて出会った時から、彼女はどこか違っていた。ルイーダの酒場で、誰もが彼女を見ていたのに、誰も彼女に声をかけなかったではないか。近づきたいのに、近づけない。声をかけたくてもかけられない、そんな雰囲気だった。彼女の周りは王族や神官などが持っている----いや、それ以上の品格が漂っていた。近寄りがたいとかそういうのではなくて、ただ、神聖なもののように冒しがたい、特別なものだけが持っている何かを彼女には感じたのではなかったか?自分も、どうしても気になって、彼女に声をかけたのではないか。そう、確かにあの時俺は、勇者への……自分とは遠い世界に住む者への憧れの思いを持って、声をかけたのだ!
 今、太陽の光に照らされて輝く彼女の姿は、神々しいほど----
「や、なんでもない……大丈夫だ」
 心に芽生えた動揺を隠すために、コーディは無理やりに笑って見せた。
「よかった……」
 不安そうな顔が、ほころぶ。世界を救った勇者が、自分の一言で微笑むのだ。
 コーディは泣きそうな気持ちでいっぱいになった。
 ルーアは、コーディの今にも泣き出しそうなほど悲しそうで、でもそれでいてとても嬉しそうな表情にどうしたら良いのか分からず、彼の顔を不安げに見つめる。
 しばらく経っても、コーディは何も言わず、立ち上がりもしないので、ルーアは戸惑いながらもおずおずと手を差し出した。先ほどの旅の扉の影響で、膝の力が抜けて自分では立てないのかもしれないと思ったからだ。
 コーディは、ルーアの差し出された手に触れると、握り締め、そのままの反動で強く抱きしめたのだった。
 あまりに突然の彼の行動に、ルーアもアサナも声を上げることも出来なかった。
 二人には見えなかったが、ルーアの肩に押し付けられたコーディの頬は涙で濡れていた。
 自分に過去からの決別を決意させた、世界救った勇者への感謝と、勇者であった少女の優しさによって引き出された涙で------



第二話  END
(2011/5/13 改稿)