第一話 出会い



 ルーア達がアリアハンに戻ってきてから、瞬く間に二ヶ月が経った。
 始めの日にこそ自宅でゆっくり出来たものの、その翌日にはアリアハン国王に任務完了の報告。そして、そのまま国を挙げての祝典に強制参加させられてしまった。
 その後はもう、様々な国に招かれ祝典→滞在の繰り返しで、気がつけばあっという間に二ヶ月が過ぎ世界を一周していた。ルーラの呪文が使えたから移動時間を考えなくて済んだが、もし使えなかったらと考えると……1年以上かかっていたかもしれない。
 マーたちが無理やり創りあげた旅の扉だが、どうやら安定しているようで、双方の行き来が可能である。しかし、そのまま放置しておくと何も知らない人々が迷い込む恐れがあるので、旅の扉への道に、4人うちの誰かがいないと通行不能な結界を張っておいた。4人は世界一周旅行(?)の後、一度アレフガルドへ赴き、カンダタや、特に親しくしていた人々にだけ、元の世界へと行き来できることを伝え、再びこちらの世界へ戻ってきたのだ。今のところこの旅の扉の存在を知っているのは、ルーア達4人とルーアの、カンダタ、アリアハン国王、ラダトーム国王のみである。
 何はともあれ、世界を救ったルーア、アサナ、マー、マジンの4人の少女たちは、ようやく全ての責務から開放され、自由な時間を取り戻しただった。
 そして今、実に2年以上ぶりの休みを満喫するため、4人はルーア部屋に集まり、これからのことを話し合っている最中だ。

「これから、どーするぅ?魔王も倒しちゃったし、みんなにも挨拶したし、することないよねぇ」
 生クリームつきのガトーショコラを口に運びながら、アサナが退屈そうに言う。
「そーねー……好きなこと出来るのはいいけど……暇だよね」
 マジンが、オーガシールドを磨きながら、それに答える。
「好きなことが出来るって……わたしたち、好きで旅に出たんでしょ?今までだって好きなことしてたじゃない」
 読んでる本から目も離さずに、マーがピシリと言う。
「とは言っても、暇なことは確かよね」
 パタンと本を閉じ、マーはルーアに視線を向け、
「何かしたいことある?」
「えと……みんなは?」
 問われたルーアが逆に問い返す。
 三人はふるふると首を横に振った。
「ルーアちゃんが好きなことでいいよ。何したい?」
 アサナが柔らかく笑い、ルーアに答えを促す。
「え、えと、あのね、私………」
 言いながら、恥ずかしそうに下を向いていく。
「なぁに?」
「あ、あのね、宝物探しが、したいの」
 言って、真っ赤になった顔を、両手で覆ってしまう。
「たからさがし?宝って、アイテムのこと?」
「……うん。
 私たち、世界中を旅して……異世界なんかにも行っちゃったけど、全部のアイテムを見たわけじゃないでしょう?
 ひょっとしたら……」
「ひょっとしたら?」
「すっごく、綺麗な物もあるかもしれないと思って……」
 三人は顔を見合わせ、なるほどと頷きあった。
 ルーアは見た目には頭脳明晰、勇者様然とした凛々しく美しい少女だが、その中身はロマンチスト、乙女チックの塊である。綺麗なもの、可愛いものには目が無いのだ。
 でも、見つけた宝が世にも貴重なものでも、ルーアの大っ嫌いな、グロテスク系だったらどうするんだろう?----などと考えながら、アサナが、
「宝探しかぁ……楽しそうだね!」
と、皿のガトーショコラをたいらげながら言う。
「そうね、じゃあ、盗賊が必要ね。宝探しするには盗賊の能力が必須だもの」
 もちろん盗賊とは言っても野盗等の罪人とは違い、職業能力分類の『盗賊』である。昨今では盗賊と言う言葉の響きから誤解を招かねないので、当の職についてる者は人に職業を名乗るときは『トレジャーハンター』などと名乗る事が多いようだ。
「んじゃ、明日、ルイーダの酒場に行こうか!」
 マーとマジンも同意する。
「決まりだね♪明日、お昼ご飯はルイーダのスペシャルランチに決定!!」
ビシッと人差し指を立てた手を空高く上げ、勢いよくアサナが立ち上がる。と、同時にあまりの勢いのよさにそのままバランスを崩し、トスンと後ろに尻餅をついた。
「あははっ!」
 少女たちの笑い声が、部屋の中に満ち溢れた。



 翌日の正午少し前、時間より少し早く到着してしまったルーアは、一人、壁にもたれながらボーっと空を見上げていた。
 1年程前まで、自分はアレフガルドの暗い空の下、平和を喜ぶ人々の笑顔のために戦っていた。悲しいこと辛いこと……いろいろなことがあったけど、旅は、とても楽しかった。みんながいたから、仲間達がいたから、かけがえのない親友たち。彼女たちがいたから、私は強くなれたのだ。辛いことも、乗り越えられた。父の死さえも----
 そして……
 ルーアは街行く人々に視線を移す。
 遠慮がちに遠巻きに勇者様を見ていた子供たちにルーアは優しく微笑む。子供たちの顔がパーっと晴れやかな笑顔に変わり、一斉に手を振った。
 ああ、よかった----皆の笑顔を、未来を護れて!
 街行く人々は長く続いた祭りの余韻を残し、幸せそうに微笑んでいる。
 人々の笑顔で満ちた世界を護ったのが、自分たちだと思うと、ルーアは誇らしいような、くすぐったいような、不思議な感覚で胸がいっぱいになるのだった。
 そして、これから再び、輝くような楽しい----頻繁に現れる魔物たちと戦うことのない----冒険が待っているのだと思うと、心はいっそう躍った。
 太陽はまだ、真上にはきていない。待ち合わせ時間は太陽が真上に来る正午ちょうど。まだまだ、時間はあるようだ。どうやら、あまりにも期待がおおきく、早く来過ぎてしまったようである。
 酒場の入り口は、外へ向けて開け放たれている。ちょっと中を覗くと、だいぶ席が埋まっているのが見えた。このままではひょっとしたら満席になってしまうかもしれない。ルーアは、先に中に入って、席の予約をしておくことにした。

 酒場のカウンターでは、女主人マダム・ルイーダの輝くような満面の笑顔が待ち受けていた。
「いらっしゃいませ。ルーア」
「こんにちは、マダム・ルイーダ」
 ルイーダはカウンターから出て、ルーアをその豊満な胸にぎゅっと抱きしめる。
「ああ、もう、本当にこの子は!
まさかあんたが世界を救っちゃうなんてねぇ!」
「ルイーダ、もう、同じこと10回以上も聞いたよ」
 ルイーダの大きな胸からようやく顔を抜け出させ、ルーアが顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうに言った。
「ええ、ええ、そうね!でも、何度でも言いたいのよ!
 あたしの可愛い勇者様が世界を救ったんですもの♪
 ああっと、いけない。それで、今日は何のようなのかしら?」
 カウンターの中に戻りながら、ルイーダが嬉しそうに言う。
「あ、うん。みんなでね、お昼ご飯を食べようと思うの。だから、席が埋まっちゃわないうちに、予約しておこうと思って……」
「ああ、そうなのね!嬉しいわ!二階の特別席を用意させるわね!」
「い、いいよ!大げさだよ!」
 早速二階へと上がっていこうとするルイーダを、ルーアは慌ててとめる。
「いいの、いいの!下じゃ色々な人が声をかけてきて大変よ?」
 現に今も、ルーアは気付いていないが店中の人が皆、麗しい女勇者をこっそりと見つめている。
「ま、ちょっと待ってなさい、すぐに用意させるから」
 ルイーダはさっさと二階へと上がっていってしまった。
 ルーアは一人取り残され、することもないので、なんとなくカウンターに置いてあった登録者名簿を手に取った。
 マーやアサナ、マジンの名前も書かれている。
 3人は今日、この登録を抹消するつもりだ。彼女たちのレベルじゃ国王でもない限り雇えないし、ルーア以外の人間の下にはつきたくないというのが、3人の気持ちであった。
 そういえば昨日、マーが盗賊さんが必要だって言ってたっけ……
 ルーアは『盗賊』の項目のページを開いた。
 男女様々な名前が連なっている。レベル、年齢、性格も様々だ。ルーアは、やっぱり女の子かな?などと考えながら、指で名前をなぞっていった、と、
「なぁ、仲間にする盗賊を探してるのか?」
「え?」
 不意に、横から声がかかった。ビックリして顔を向けると、30センチくらいの距離に男の顔があった。
 こんなに近づかれるまで、気づかなかったなんて……平和ボケしてるのかなぁ、私……ルーアは思わず、まじまじと男の顔を見つめてしまった。
「えーと……なぁ、俺の話し、聞いてる?」
 男の声に、ルーアは我に返る。
 とたんに、頬が熱くなっていくのが分かる。男の人にこんなに間近に顔を寄せられたのは、初めてだ。
 ルーアは思わず、身を引いてしまった。
「おいおい、そんなに嫌がらなくても、いいじゃないか……」
 ルーアの態度に、男は苦笑いを浮かべる。
「そ、そんなつもりじゃ……」
 少し距離を取ったことで、ルーアは冷静に男を観察することが出来た。
 年の頃はルーアと同じであろう、かすかに青みがかった銀色の髪、悪意や下心などのいやらしさを感じない琥珀色の瞳、背はそんなに高くない、ルーアよりも少々高いといった程度だ。しかし、青年らしい健康な体形をしているため、背の低さはそんなに感じさせない。
「なぁ、盗賊を探してるんだったら、俺を仲間にしないか?」
 ルーアは、急激に胸が高鳴っていくのを感じた。
 今までに、体験したことがない、不思議な感覚が体中を駆け巡っている。
 恥ずかしくて目をそらしたいのだが、どうしても彼から目を離すことが出来ないのだ。
「どうした?気分でも悪いのか?誰か……」
 男は周りを見渡して、人を呼ぼうとする。
 ルーアは何でもないと言って、彼を止めたいのだが、声が出ない、喉の奥、胸の奥に何か熱いものがごうごう言っていて、鯉のように口をパクパクさせるのがやっとだ。
 男は心配そうにルーアを見つめ、椅子を持ってくるとそこに座らせ、自分は人を呼んでこようとした。が、突然、服の端をつかまれ、前につんのめった。振り向くと、ルーアが、うつむきながら、彼の服の端を持っていた。
「だい、じょうぶ…です…から……」
 ルーアは小さな声で、やっとそれだけを言うと、彼の服から手を離した。今まで、こんなことは無かった。どんなに見目麗しい貴族の青年の前でもルーアは勇者としての態度を崩さず、毅然と対応したものだったのだが……やはり、平和ボケかな…?とルーアは心の中一人思う。
「そっか?」
 男は、自分も椅子を持ってきて、ルーアの隣に腰掛ける。
「ああ、そういえば、まだ名前を言ってなかったな。
 俺はコーディ。盗賊さ。……成り立てだけどな。あんたは?」
 ルーアは囁くように、
 「……ルーア……」
 と一言だけ言うと、更にうつむいてしまう。
「なぁ、俺のこと仲間にするの、嫌か?」
 ルーアはぷるぷるっと首を横に振った。
「んじゃ、決定な♪後でルイーダに----
 お!ルイーダ、いい所に来た!俺、この子とパーティ組んだから」
 戻ってきて早々、こんなことを聞かされて、ルイーダは目をむいて驚いた。
「ル、ルーア!?どういうこと!!?いいの??」
 ルイーダとしては驚くのも無理も無かった。ルイーダの知っているルーアはこのようなことを突発的に一人で決めてしまう子ではない。仲間達とよく話し合って、決めていたのに……ルイーダのお勧めする人物ならまだ良いが、この男は酒場に登録されてまだ間もない。一体何があったのか----ルイーダは盗賊の青年を軽く睨みつけた。
 しかし、ルイーダの気持ちを察するところではないルーアは、ルイーダの言葉にコクリと頷いた。
「ルーアが決めたのなら良いけれど……とりあえず、この書類に目を通しておいてよ。
 あ、それから、二階に席を作ってきたから、先に行って待ってるといいわ。みんなが来たらそっちに行くように言っとくから」
 ルイーダは困ったような顔をしながら、ルーアに数枚の書類を渡した。
 コーディはもう、すっかり仲間のつもりで、先に二階への階段を上っている。
 ルーアは、コーディの後を追いながら、ちらりと書類に目をやった。
 そこには、「盗賊・男・コーディ・レベル1・性格:お調子者」と書かれ、その横にはニッコリ笑いピースをしたコーディの写真が貼られていたのだった。



「ルーア……この人、誰?」
 面を食らったのは、仲間達だった。パーティ水入らずの食事にいきなりの闖入者である。
 三人は、ニコニコ笑顔で椅子に座っているコーディと、その隣で真っ赤な顔をして、コチコチに固まって座っているルーアを交互に見た。
 そんな仲間の様子も気にはしていないようで、コーディは陽気な声で自己紹介を始める。
「俺、盗賊のコーディ。今日からあんた達の仲間になった。よろしくな♪」
 アサナは、途中で買ってきたソフトクリームを思わず落としかけたし、マジンは手にしていた磨き途中のバスタードソードを床に突き刺してしまった。今ごろ下階では、突如天井から突き出した鋭い刃に、度肝を抜かれていることだろう。マーにいたっては----イオナズンの詠唱にかかっていたりする。
「マーちゃん!ストップ、スト〜ップっ!!」
 アサナとマジンが慌てて後ろからマーを羽交い絞めにし、二人して口を塞ぐ。
 マーは二人の手の中でしばらくフガフガ言っていたが、やがて落ち着きを取り戻し、二人の手を解き、コーディの前に仁王立ちになった。
「悪いけど。あなたじゃ力不足ね」
 マヒャド級の冷視線で睨みながら、マーは言い放ったが、コーディはどこ吹く風である。
「ルーアぁ、本当に決めちゃったの〜?」
 アサナが二人の間の火花にハラハラしながら、ルーアに問い掛けた。
 ルーアは小さく頷くとものすごく不安そうに、申し訳なさそうにかすかに顔を上げた。その瞳には涙がいっぱい溜まっている。
 三人はルーアのその態度で、一瞬で毒気を抜かれてしまう。
 普段慎重なルーアがこのようなことをするのは初めてのことである。何かよっぽどの事情があるに違いないと思った。ルーアなりに何かきっと深い考えがあってのことなのだろうと。
 しかし……
「ま、とにかくよろしくな♪」
 ニッコニコ笑いながら、手を差し出すこの男……こんな男と上手くやっていけるのだろうか……?
 そして、その隣で真っ赤になってうつむいたままのルーア。いったい何があったのか……
 三人は顔見合わせ、深深とため息をつくのだった。



第一話  END
(2011/5/13 改稿)